美術館は、展示されている作品はもちろんのこと、その立地も大いに誘いに影響する。
東シナ海の眺望を十分に楽しむことのできる場所にある笠沙美術館は、空も海も島も山も自分のものと思える景色のなかに建っている。
美術館への入口となる駐車場から美術館の建物に向かって橋が渡されており、まずは建物の屋上部分に着く。建物は海に向かって建っていて、いきなり展望所になっているわけである。
階段を下りると、イベント等も可能な吹き抜けの空間が空を恰好よく切り取り、その奥に室内展示場がある。そこには地元出身の黒瀬道則氏の作品が並び、入館無料で楽しむことができる。もちろん、一階部分にも展望スペースがあり、また室内や通路、洗面所からも芸術的に切り取られた東シナ海の景色もよい。
この美術館からの眺望にアクセントを加えているもののひとつが、眼前に浮かぶ沖秋目島であろう。
美術館のある黒瀬集落から海岸線を南東に進むと坊津町秋目に辿り着くのだが、秋目集落は奈良時代に唐の国から日本へ戒律を伝えるためにやって来た僧鑑真の一行が上陸した地でもある。その一行も上陸の際に目印にしたとされる島が沖秋目島である。
現在は無人島だが、かつては農業や家畜用の牧草を採取するために居住する人々もあったようである。東シナ海に突き出すように浮かぶ姿は、海にも空にも映える。
美術館のすぐ真下にある黒瀬海岸は、古事記や日本書記に描かれている神話の舞台とされている。
天から降り立ったニニギノミコトが上陸した海岸とされ、そのゆかりを伝える地名が瀬ごとに付けられている。また海岸にはそのことを静かに伝える記念碑もある。神話の世界にふさわしい美しい景観が、時代を超えてこの地にあることを感じられる。
初夏には東シナ海から吹き寄せてくる南風も心地良く、笠沙美術館の展望所では太陽の光とともに、これから本格的に到来する夏の雰囲気を先取りできるのでは。
周辺に前述の神話ゆかりの名所もあり、焼酎造りなどの杜氏を輩出してきた黒瀬の技術と歴史の触れることのできる施設も隣接している。ここを拠点に美しい海岸線が続く笠沙半島を堪能してみてはいかがだろうか。