薩摩半島の南西端に位置する野間半島。当地を代表する漁港である片浦は、古来、交易や交流における重要な港として発展してきた。
漂着船の記録もあり、天正17(1589)年にはスペイン船と思われる船舶が寄港している。
江戸時代に入ってからも東シナ海に面することから中国船の漂着がしばしばあるなど、鎖国に関わらず異国文化と接する機会の多い港であったようだ。
そのため、港入口には津口番所が藩によって設置され、また近隣の高崎山には遠見番所もあった。有事に備えてなのか、現在の漁港を見下ろす道路際には、台場もあったようで、石積みが静かに当時の様子を伝えてくれる。
集落には平坦地が少なく、急な斜面を縫うように坂道が入り組み、家々はそれぞれの坂道の途上に並ぶ。車の往来が困難な坂道も多く、集落に住む人々は自然と坂道に向き合って生きていかなければならない。集落最大の行事は毎年2月11日に開催される「お伊勢講」である。
「オイヤナ」の掛け声とともに、面を被るなどの扮装をした青年たちが集落を練り歩く。伊勢神宮へお参りするための寄付集めのひとつであり、また青年たちにとっては人生の通過儀礼でもあった。
青年の数は減ったが、それでも毎年「オイヤナ」の掛け声が坂道に響く頃、集落に一番厳しい西風の吹く寒い季節が訪れることになる。